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隅田の苫屋のぶろぐ


by hg20706
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カテゴリ:くだらない戯言( 34 )

歎異抄のすごいのは、悪人正機より、
”念仏は、まことに浄土に生まるるたねにてやはんべるらん、また 地獄に堕つる業にてやはんべるらん、総じてもって存知せざるなり。”という部分だと思う。
真実はたしかに生者には知りようがないことだから、正直だといえば正直だが
指導者の言葉としては、問題発言だと思う。
拙が、ナザレのイエスと親鸞を似ていると思えないのは、ここである。
海千山千で自立心の塊のような鎌倉武士に何故他力本願が受け入れられたかの答えの一つが、この正直さであり、この章の本論である
”親鸞の言葉たとい法然聖人にすかされまいらせて、念仏して地獄に堕ちたりとも、 さらに後悔すべからず候。”
”よき人の仰せを被りて信ずるほかに、別の子細なきなり。”
他人を信じる、信じた以上迷わない、そしてたとえ誤っても自分の判断だから後悔しない。
他力本願とは、他人に寄っかかるのではなく、自分が信じる心だと思う。

日本の伝統的な心という言葉をたまに目にするが、時代によって日本人は変わってきているように思う。
この本は鎌倉武士、板東武者の特徴としてとらえていいと思う。
ありがたいのは、このような言葉が残っているおかげで、現代の自分が自分なりの道を捜すことができること
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by hg20706 | 2016-09-04 20:49 | くだらない戯言

けんぽうろんぎ

盛んに行われている憲法改正論に乗っかって

改正はまず96条だけでいいと思います。
現行憲法が出来たとき、主権は国民にはありませんでした。
作成者は国民を信用していませんでした。
日本を変えるという作成者の意思に日本国民に対する信頼があるわけがない
占領下なのですから
96条の特殊性はそこからくるものでしょう

まずは、憲法を国民が直接さわることができる状態に
すなわち本当の国民主権にする
それだけでいいんじゃないでしょか
戦争に突き進もうが、社会主義独裁に突き進もうが
そのときの国民の意思で決めればいい。
選挙の度に、一条ずつでも信任投票すればいい。
いいものは残すでいいでしょう
ただ、主権者である日本人の誰も何も決められないことは良くない。

大阪都構想の住民投票は、否決という結果が、その時の市民権を持つ人の意思として示されました。市長もそれを尊重しました。
憲法もそれでいいでしょう。
自国民に対する信頼をまずは取り戻す。
憲法論の第一条だと思います。
改正即戦争なんて、国民を馬鹿にしています。

ps
ここでいう日本人は、日本国籍を有するものという意味です。
人種性別民族伝統関係なし
法律は文化ではなく生活です
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by hg20706 | 2016-07-20 18:29 | くだらない戯言

男伊達

拙が生まれた街のあるときの市長は、
武道家で道場主、髭を蓄えた男前。
気配りが出来て、人を喜ばせるのが大好き
人の嫌うことは決してしない。
神社の祭りには市から補助を出して盛大にし、観光の目玉として市長自ら殿様の仮装をして参加
市役所は日本でも指折りの高さにして市民の誇りにする
市民との一体感をたいせつにして毎月のようにピクニック
死ぬまで市民から絶大な支持を得て市長を続けた


その間、下水道普及率日本最下位(ゼロパーセント)
道路拡張もなく人口は減り続け
市の財政は日に日に悪くなった

そう、人に嫌われることはしない人だから
人を悲しませること、迷惑をかけることが本能的にだめなのだろう
下水処理、焼却炉、道路拡張などは、多くの人にとって必要なことだが
必ず財産をなくしたり、平穏な生活を取り上げられる人が生まれる
空気を読む人にはそれがみえる
何度も頭を下げて、苦しみを他人に押しつけるかっこ悪さがみえる
男伊達とは遠い世界
だから先送りをする
男らしく生きようとする

男らしさをアピールする人に対する拙のイメージは彼である

ラガーマン森元総理も
今NHKででている加藤清正も
拙の中では彼にかぶって見える

空気を読まない、読めない人
伝教大師最澄
石田三成
男らしいという評価はないが
こんな人がいるから、困ったことだが
世の中が面白くなる
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by hg20706 | 2016-07-11 22:12 | くだらない戯言

夫婦のすれ違い

奥さんとは、着物好き、神社廻りが好き等の共通する趣味があるのですが
その中身は全然違います

着物について云えば
拙は作務衣から始まり、
慢性の肩こりが楽だということで古着を中心とした着物を毎日着ていました
一般的ではない着方や着物も、日常としてありうるかどうか、明治の写真なども参考に試しました

奥さんは、礼服として財産として、倒産したナショナルチェーンに出入りして和装のイロハを教わりました
後年は京都の織り元にも可愛がられていました。
それ以外にも京風のものが好きで、日本文化・伝統という言葉をよく口にします

ですから、奥さんの着物は、室町江戸の伝統とは違う、呉服業界独自の伝統にみえてしまいますし、自分の着物とは別の世界の物だと思っています。
奥さんにとって拙の着物は着物でなく、価値のない下品なものでしかないです。一緒にカレー屋に入れる着物を買っても一度も袖を通さずに捨てています。

神社も、奥さんは、神さんと対話して御利益を得る場所。御霊や寺は霊が怖くて近寄りません。
拙は、何故その場所に、それを祀ったのかの歴史を考える場所で、御霊系が多くなります。寺も同じ、特に戦国時代は砦としてよく利用されていて、城からちょうどいい距離にあります。
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by hg20706 | 2015-08-04 22:14 | くだらない戯言

平和について

先に書いた文章は何を書いてあるかわかりにくいかと
特に”平和”という言葉の使い方に、読まれた方が混乱しそうなので
過去に書いた文章で補足する


こういうと驚かれるだろうが、”平和”という言葉はマイナスイメージを持たない貴重な言葉である。平和は麻雀は別にして、絶対的ないいもの、誰もが否定しないものとして常識扱いされている。
”人道”は最近は地球環境という視点から批判を浴びることがある。”社会主義”も独裁を連想される。”神”はカルトのイメージを持つ。”聖”は古くは高野聖、近年は聖○○学園。”天使”は早朝割引・・・失礼。

だが「平和の欠点を挙げろ」と云われて言葉につまらない人は何人いるだろう。
平和についての百家百論は、しかし、そのことを逆手にとって
「それは真の平和ではない」
と書き込めばたちまち霧散する。
今まで言葉を連ねた努力は何だったのかとむなしくなる。
なんなら喧嘩にならないですむ相手に試してみればよかろう。

そう、平和とは何を指すかという議論はあっても、平和そのものに否定的な人は去年くらいまでは極少数の変人のみであった。私もその変人の一人であることは自認している。先の命題は高校時代のものである。
昨年”平和ボケ”という言葉が流行ったが、これだけは平和そのものに抵触せずに平和にマイナスイメージをつけた新しい言葉だと思う。この言葉の延長線上にもしかしたら”平和”を絶対神のひな壇から叩き落すものがあるかと思っている。私が気後れすることなく平和という言葉を使えるのはその頃であろう
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by hg20706 | 2014-07-17 22:54 | くだらない戯言

誇り

http://www.asahi.com/articles/DA3S11203173.html
”戦後69年間、日本は戦争で人を殺していないし、殺されていない。集団的自衛権を使う国になれば、その誇りを失う”

http://www.jpsn.org/essay/captain/4615/
戦死者を無視しますか、平和の名の下に。
そうですね、それが”平和”というものの性格なんでしょう。
戦争で国を滅ぼさずにすむためなら、如何なる謀略・暗殺・誘拐も辞さず、また逆にそれを受けても秘密にして耐えること。
平和のための殉職者をきちんと弔うこともしない。
それで誇りを持てる人はいいですね。
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by hg20706 | 2014-07-17 22:35 | くだらない戯言

大人な中学生との会話

中学1年のことを今でも思い出すことがある。
「神保さんの家はお金持ちで、門から玄関まで道になってるんだぞ」
クラスの不良グループの一人が、何の喧嘩だったか忘れたが、
大将を持ち出して拙に脅しをかけた言葉である。
当時の田舎の不良なんて、こんな可愛いものです。
中学生は子供だと思っていた拙は、まさかそんな言葉が出るとは思わなかった
拙が子供だったんでしょう
きっと今頃はサラリーマンにでもなって出世しているだろうね
切ったはったのヤクザな商売をしている拙とは違って。

蛇足だが、その程度の言葉でピクリとも動揺した覚えはない。
なにせ、当時の拙の家は、幽霊がでそうな古い家だが、倉があり、前と裏の庭には石灯篭が4つほどあるんだわ、悪いけど。
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by hg20706 | 2014-04-05 00:07 | くだらない戯言
司馬遼太郎記念館の友の会の会誌「」に宮崎駿氏の記事があった。
昨今の若者の右傾化を嘆き、司馬氏が生きておられたらと書く。

たしかに、絶妙なバランスを大切にする司馬氏ならば、右傾化する人々に対しても一言あるとは思う。
朝日新聞の落第生として朝日ジャーナルで啓蒙思想をはずしていた筑紫哲也が、いつのまにか週刊金曜日に祭り上げられたり、非主流派であった網野善彦が矢面にたたされたりしたように
司馬遼太郎氏の特集が右傾化に対する防波堤として雑誌や書籍に使われる昨今
生きておられたら、きっと自分から先頭に立ったと思う。

だが、宮崎氏は大きな勘違いをしている。
若者が右傾化したわけじゃないことは、統計的に調べられているし、拙の実感としても右傾化は自分も含めて30台から40台が中心だと思う。
宮崎アニメを幼少期にたっぷり浴び、バブル経済を知らない世代は、社会主義的傾向にあるように思う。
ただ、社会主義的思考といっても、根は一緒でも、目指す方向は共産主義から国家社会主義まで幅があり
反戦平和、反核を激しく訴える若者も多いし、西郷隆盛のような社会主義思考を持った若者も多い。
中間というか、かってのノンポリのような若者が減っただけだろうと思っている。
氾濫する川のイメージがあり、何かあるたびに、左右に大きくふれる。
あと10年もしないうちに右傾化世代なんてどこかにふっとんでいる可能性は充分あると思っている。
(だから人権擁護法案に強く反対しているんです)

宮崎氏からすれば、20台も40台も区別する気にならないのかもしれないが、
自身の作品のファンを全く信じない言動には失望するしかない。
太陽の王子ホルス以来、自分が関わってきた作品がどんなものであったか、もう一度みなおすといい。
自身のメッセージはしっかり受け止められていると思いますよ。

ps
自分ももう宮崎アニメから卒業できそうですわ
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by hg20706 | 2014-02-16 04:29 | くだらない戯言

雨もあがったことだし

ここのところ、池田商工会議所のパソコン教室に
夫婦で通っている

今日は行きしなは、大雨のなか
視界数メーターの山道をおりた

帰路、トンネルを抜けると
青い空に森町あたりの山間に新しい雲が昇ってゆく

思わず中島みゆきを口づさぶ

”雨もあがったことだし・・・”

天気と一緒に少し明るい気持ちになる



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by hg20706 | 2013-09-02 19:03 | くだらない戯言
1993年9月というから、今から20年前の話になるが
仕事が終わって居酒屋で夜食を食べていたとき
逸見政孝氏の東京女子医大の術後会見の様子がテレビのニュースで流れた
一人の親父が、「有名人はいいよな、一流の先生達の特別な治療を受けられて、癌が治るだろう。」
とほざいた。
よくある酒場の愚痴であり
よくある世間の差別に対する抗議である
しかし、絶望に命がけで戦う人、余命を全力でサポートする覚悟で会見に臨む医師。
彼らに思いをはせていた耳に入った卑俗な言葉に
「腹腔内の癌を取ったということは、腹膜播種といって、助からない状況です。余命数ヶ月」
拙の言葉に店内が凍り付いた。
「医学は進歩してるんだから、助かるだろう」
「俺はそんな意味でいったんじゃない。有名人が特別扱いされることを怒ってるんだ」
親父の抗議に対し
「死ぬよ」と冷たく繰り返し、親父を徹底的にへこました。
その日のマダムや他のお客さんには申し訳ないことをしたものだ。

何故、昔の話を書いたかというと

差別された人間は、とても差別に敏感になっていて
差別した人間に差別意識がなくても、差別の苦しみを味わう
受けた側の訴えで差別は成立する

なんども受けた同和教育がしみ込んでいて
それを、ブルジョアジーの家に生まれた人間である拙は
差別する側としてそれをどう考えてゆくかを追求しています。

もし人権擁護法案が当時に成立していたら
このような案件で、もし親父が
差別だと人権委員会に訴えたらどうなるでしょう?
ただの世間話ではなく、自分が何かの差別をうけていて
テレビの逸見氏に本当に苦しみを感じたなら。

人権委員会が病床の逸見氏に委員会への出頭を要請する?
担当医師に出頭を要請する?
親父を直接いじめた拙に出頭を要請する?

ありえない馬鹿馬鹿しい話でしょうか
でも当時は、その親父だけでなく
死亡報道がでるまで、逸見氏に対する世間の目は厳しいものでした。
ちょっと形がかわれば、ありえる話のように思います
人権擁護法案に反対するのは
差別意識がなくとも差別する側として、いつ訴えられるかという恐怖の元にであります

拙が実際差別した経験については、別宅に”部落差別”としてかいてあります。
人権という観点のみで、Kに人権委員会に訴えられたら、拙は有罪でしょうか


ちなみに、奥さんは、差別される苦しみをたまに訴えますが
拙はそのほとんどが実感できません。
夫婦喧嘩の原因の一つです。
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by hg20706 | 2013-08-28 01:18 | くだらない戯言