隅田の苫屋のぶろぐ


by hg20706
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2017年 03月 13日 ( 1 )

ひとことで云えば”古い”
昨今は漫画でもきちんと検証して、何故信長は残酷だったのかを
時代背景や周辺環境を踏まえて、新しい意見を出している
山岸良二先生は
たとえ専門の考古学ではないにせよ
コラムとして金をとって書くのだったら
数十年前のマルクス史学なんて捨てて
ちゃんと調べて自分らしい意見を書けよ
http://toyokeizai.net/articles/-/159191

拙の話しから始めるが
高校の歴史の教科書を読んで
マキャベリとマルクスが共に独裁というものを考えたと書いてあったのに興味を持った
その時のイタリアとドイツの悲劇、それに対してどう考えたのか
マキャベリズムという言葉をただ皮肉った教科書執筆者の文章に納得できなかった
歴史観とは、歴史を調べて、自分の中で再構築することだと思う。
国の統一を悲願とする、独裁による平和を求める当時の人の気持ちを考えることは、
サバイバル意識が浮上する現代日本においても温故知新として意味あることだと思う。


さて、本題に戻して
信長が”常人には理解しがたいほどの残酷性”を持っていたという山岸先生
常人って誰?
周囲に不信感をあらわにし、部下に理解、支持されなくて大名ができると、本気で思ってる?
戦国時代は、誰彼かまわず殺しあいをした?
ちょっと調べればわかることですが、戦国時代も他の時代も
戦争で斬り合いはごく一部、大部分の時間と労力をその前後の調略戦に費やします。
信長自身が最前線に出た時の殺戮数は多いですが
最前線に出るのは負け戦のあとなどに限られます
そして、出た後は多くの書物に大々的に実際以上に残酷な信長像が描かれる。
逆に最前線の部下は信長の指揮、指示がなければいつも死者を最小限に抑えるスマートな戦上手。
これって、調略戦のためのイメージ作戦ぽくないですか?
信長本人が来る前に、うちに味方しませんか?悪いようにはしませんよって言いふらしている髭ネズミ
想像してみてください。よく知られた秀吉像にぴったりじゃありませんか
他の大名も、残酷性を表に出した時って、目的がはっきりしている時がほとんどです。

残酷なのは、そうしないと味方になってもらえないくらい、尾張兵が弱いから
どうすれば、交通の要所で、
東側に冷徹に荒武者たちを指揮する武田信玄や、毘沙門天の化身とまで云われた猛将上杉謙信、関東平野をまとめる北条が健在な状況で、何度も付け届けや息子の婚約という調略を続けるにせよ
いつ今川義元のように英雄が襲ってくるかわからない
こんな尾張をかかえて生き残ることができるか
交通の要所は情報の要所でもあるわけで
情報戦でも勝ちたいと思えば
何か突出して、こいつは手強いと思わせる必要があった
だから個人の残酷性を強調した
国を大きくして、将軍後見になった
そのほうが、山岸先生のいう二面性に合致しませんか?

先のマキャベリズムの一文に帰って
信長が天下布武を訴えたときに
部下がついていったのは
尾張の悲劇、岐阜の悲劇、当時の日本の悲劇に対して
人々が考えたことと一緒だった
世界共通、時代を超えて共通の悩みを解決してくれると
部下が期待した
この理解の方が自然じゃないですか

”歴史には、小説以上に「人間を考える材料」が満ちあふれています。”
山岸先生の仰るとおりで、二面性なんて言葉でごまかさないで

人は、生まれそだった環境の中で、出来るだけベストをつくそうとする
人間の本質に、誰も変わりはないと思います
時代を超越した英雄なんて、そうそう生まれません
ならば
”何故そうなったのか”
を考える
それが正解だと思います。

ps
「家臣団の城下町集住」や「楽市楽座の推進」
って信長の独創じゃないことも現代の常識です
特に”楽市楽座の推進”では
親の代から掌握していた津島ではなかなか許可されなくて
公家があがりをたっぷりとっていて、大名にとってうまみの少ない岐阜から始めている
堺も楽市にしないで上納金をとった
このあたりの気配りも、信長らしいでしょ
ほら、山岸先生の信長と違う信長像がでてきませんか
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by hg20706 | 2017-03-13 01:58 | くだらない戯言